京都地方裁判所 昭和43年(わ)77号・昭42年(わ)1574号・昭42年(わ)1524号・昭42年(わ)1504号・昭43年(わ)339号・昭42年(わ)1523号 判決
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〔判決理由〕第二五、被告人李元植、同金容植、同陶山茂、同二見俊次は金栄鶴と共に、同月一九日夜、自動車二台に分乗して京都市内に至り、通行人から金品を喝取し、場合によつては強取しようと企て、適当な通行人を探し求めて走行中、翌二〇日午前二時四五分ごろ、京都市下京区木屋町通り高辻上る附近路上において、同所を二人連れで歩いていた団野義則(当時二二年)および藤岡君子(当時二〇年)の姿を認めるや、金栄鶴と共謀のうえ、右団野および藤岡らの歩いてくる前方に右二台の自動車を停車させて同人らを待ち伏せ、同人らが近付いてくるや金栄鶴において右団野義則に対し「タバコをくれ」と申し向けて同人らを呼びとめ、同人がタバコをさし出すや被告人陶山茂において「その態度はなんやねん、物貰いと違うぞ」と因縁をつけたうえ、やにわに同人の顔面を数回手拳で殴打し、足を蹴りつける等して同人をその場に転倒させ、さらに右藤岡君子が助けを求めて逃げようとするや金栄鶴、被告人李元植において同女を追いかけつかまえたうえ、交々、同女の口を手で塞ぎ、腰を数回蹴りつける等の暴行を加え、よつて同人らの反抗を抑圧したうえ、右団野義則より現金五二〇円在中の背広上衣一着(時価八、〇〇〇円相当)を強取し、その際右暴行により加療約三日間を要する口唇部挫創、顔面打撲傷なる傷害を与えたが、被告人らにおいて犯行の発覚を恐れて逃走したため右藤岡君子からは、金品強取の目的を遂げなかつたものである。<中略>
(藤岡君子に対する強盗致傷罪の訴因に対し、強盗未遂罪を認めた理由)
検察官は、被告人らの判示第二五の暴行により被害者藤岡君子は加療約二日間を要する腰部打撲の傷害を負つているので、右は強盗致傷罪に該当する旨主張している。
よつてこの点について判断する。
刑法二四〇条前段の強盗致傷罪における法定刑の下限が七年以上の懲役とされている法意に鑑みるときは、右強盗致傷罪にいわゆる傷害とは、医学的な意味において傷害といいうる一切の場合を含むと解すべきではなく、それらのもののうち医師の治療処置を受ける必要が認められる程度のもの、いいかえれば社会通念上も通常看過しえない程度のものであることを要すると解すべきであつて、右の程度に至らず本人自身も自覚しないというが如き軽度の発赤、腫脹、表皮剥脱等は、医学的な意味においては傷害とはいいえても、刑法二三六条の強盗罪の手段としての相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の暴行に伴う殆んど必然的な結果として右暴行の概念に包摂されるものというべく、強盗致傷罪における傷害には該当しないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、第三回公判調書中の証人藤岡君子、同中野進の各供述部分によれば、被害者藤岡君子は、被告人らの判示第二五の暴行を受けた結果、腰の部分が少し痛み、青じんだというのであるが、その部分に腫脹や表皮剥脱などの外部的身体組織の損壊を生じたというわけではなく、しかもその疼痛の程度も押えたら痛いというにとどまり、それも医者から「押えて痛いところがあつたらいいなさい」といわれた結果はじめて自覚したにすぎない程度のものであり、又その青じんだということも同女自身風呂に入るまでは気付いておらず、被害当日医師の診断を受けた際にも、又その後においても何ら医師の治療は受けていないし、医師もその必要を認めていなかつたというのであり、同女の日常生活にも何ら支障を来たさなかつたことが明らかであるから、右の疼痛や青じみは、何ら治療を要せずして短時日のうちに、何らの後遺症を残すことなく、自然に治癒する程度のものであり、通常人の日常生活上も一般に看過される程度のものというべく、かかる軽微な生活機能の毀損を以ては、医学上の意味においては傷害とはいいえても、法律的な意味においては、被告人らの判示第二五の暴行に伴う殆ど必然的な結果として強盗罪の手段としての暴行の概念に包摂されるものと解するのが相当であり、とうてい強盗致傷罪にいわゆる傷害とは断じえない。
従つて、藤岡君子に対する関係においては、強盗致傷罪は成立しないのであるが、前記認定のとおり強盗未遂罪の成立は認められるので、その範囲内において有罪の認定をした次第である。(森山淳哉 西川賢二 栗原宏武)